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ガンマー第3号 宇宙大作戦(1968年)

 今では、暴力をテーマにした映画の第一人者というイメージのある故・深作欣二監督ですが、過去には、日本版スターウォーズ『宇宙からのメッセージ』や、小松左京の原作による『復活の日』などの、SF映画も撮っていました。
 が、それ以前に『ガンマー第3号 宇宙大作戦』という作品があり、それが深作監督によるSF作品第1号だったと知って、どんな映画なのか興味があったのですが、なんとYouTubeで、東映が公式に無料公開してることを知り、観ることが出来ました。

 作品についてはこちらのサイトにかなり詳しい解説がありましたのでご参照下さい⇒『空想特撮愛好会』

 『宇宙からのメッセージ』は自分にとってはかなり残念な出来で、実はこの作品にもあまり期待していなかったのですが、面白かったです。
 物語の核は、宇宙ステーション・ガンマー第3号に侵入した怪獣と乗組員達との攻防といったところですが、まさか怪獣が出てくる映画だとは思いませんでした。しかも、この怪獣がとにかく手強い。光線銃で殺しても生き返るし、傷ついて血を流せば、その血から新しい怪獣がどんどん増殖します。ガンマー第3号の中は怪獣だらけ。有効な退治方法も無く、「もう、どうしたらいいの!?」って感じで、古い作品ながらなかなか緊迫感を感じさせてくれました。

 観ながら思い出したのは、東映が本作の前年に制作していた特撮テレビシリーズ『キャプテンウルトラ』です。あの作品でもバンデル星人が、集団で宇宙ステーションに侵入してきて、本作と同じように人間たちを襲ってましたっけ?
 東宝はゴジラシリーズ他、多くの怪獣映画を作っているし、大映もガメラや大魔神を作っています。日活や松竹でさえ、ガッパやギララ等の怪獣映画を作っているのに、なんで東映は怪獣映画を作らなかったのかなあ?と前々から疑問に思っていたのですが、巨大怪獣じゃないだけで、ちゃんと作っていたのですね。子供の頃、駄菓子屋にあった5円写真にはジャイアントロボやキャプテンウルトラはあったけど、この作品は無かったから、東映は怪獣映画を作ってないんだと勝手に思い込んでましたが、“大怪獣の出てこないキャプテンウルトラ”とでも言うべき本作が、東映流の怪獣映画だったのかも知れません。難しいことを考えないで、軽く楽しめる作品です。


ガンマー第3号 宇宙大作戦(1968年)
監督:深作欣二田口勝彦
脚本:金子武郎、トム・ロー
企画:アイバン・ライナー、ウイリアム・ロス、扇沢要、太田浩児
撮影:山沢義一
録音:渡辺義夫
照明:梅谷茂
美術:江野慎一
音楽:津島利章
編集:田中修
助監督:山口和彦
進行主任:阿部征司
装置:松野大三郎
装飾:武井正二
記録:山之内康代
特撮:日本特撮映画株式会社(川上景司、渡辺明)

出演:ロバート・ホートンリチャード・ジェッケルルチアナ・パルツィ

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大殺陣(1964年)

大殺陣2 池上金男脚本・工藤栄一監督による『十三人の刺客』に続く集団抗争時代劇とのこと。『十三人の刺客』は三池崇史監督による2010年のリメイク版だけしか観てないのだが、かなり面白かったという記憶はある(ほとんど残酷シーンしか覚えてないのだが)。この『大殺陣』についてネットで検索すると、なかなか辛口なレビューが多く、しかもそれらがいちいち「それはそうなんだけど・・・」というごもっともな意見で、あまり評価されていないようだ。しかし、クライマックスの五(実質四)対何十人の死闘は、もう何が何やら分からないのだけれど、『大殺陣』という看板に偽り無しの迫力あるシーンだし見ごたえがあって、私には楽しめた。ハンディーカメラを使って臨場感を感じさせる手法も当時としては斬新だったのではないか。

 神保平四郎を演じた里見浩太朗も、水戸黄門の助さんとは打って変わって、目を剥き血まみれで死闘を繰り広げ、凄惨極まる死に様を見せてくれている。昨日アップした『仇討』の中村錦之助同様、この人も今まで抱いていたイメージとは全く違っていた(アカンなあ、オレ・・・)。
 その他、子煩悩な貧乏御家人・星野友之丞(大坂志郎 )をはじめ、テロリスト一味でありながら大胆にも兄の亡骸を評定所に受け取りにいく別所隼人(河原崎長一郎)、頭のいかれたエロ坊主・日下仙之助(山本麟一)等々、一人一人にエピソードがあって物語に厚みを加えている(助七というどこから湧いてきたのか分からない人物も混じっているのだが)。
 
 平幹二朗演じるシニカルな御家人・浅利又之進も重要な役だったのだが、白状すると、最初観た時はその重要性が分からなかった。
 ラストで、殺された神保平四郎の姿を見た浅利又之進は激昂し、綱重を殺すわけだが、そのシーンがどうも取ってつけた感じで、物語の流れとして不安定な印象だった。そもそも浅利又之進はこの物語に必用だったのか? なぜ最後にああいうシーンをくっつけたのか?とさえ思っていたのだが、某サイトの解説に、この作品は安保闘争に影響を受けていると書かれてあって合点がいった。
 浅利又之進には、行動を起こさず傍観しているだけのノンポリ一般大衆が重ねられていたのではないか? 劇中、神保平四郎が浅利又之進に向かって言うセリフ「何もせんことが庶民にとってどれほど迷惑か、お主、考えたことがあるか」とは浅利又之進に対してと同時に、映画を観ている観客に投げかけられた言葉だったのかも知れない。平四郎はさらに「迷惑をかけずかけられず生きていればいい、というものではない。(俺のように)役職大事だった侍や、貴様のように世をすねて何もしなかった侍が専横の世を育てた」とも言っている。
 平四郎からそう言い放たれ、何も言い返せなかった又之進だが、最後には、衝動的にとはいえ、刀をとって綱重の一行に一人斬りかかっていく。脚本の池上金男としては、自分さえ良ければこの世なんて知ったこっちゃないと思っている庶民が立ち上がる姿をどうしても最後に入れずにいられなかったのではないか。そう考えなければ、あのラストはあまりに蛇足だ(キッパリ)。

 綱重は結局討たれたが、もちろんハッピーエンドではない。それは「正義」側が全員死んだからということもあるのだけれど、私自身の感想を言えば、死ぬのはいつも下の人間で、裏で絵を描く人間は最後まで表に出てこないことに何かやりきれないものが残ったからだ。
 若年寄・堀田正俊は証拠不十分でお咎め無し。
 首謀者・山鹿素行。こいつは「実行するのはここにいる六人だけ」と事も無げに言ってのけた男であるが、この男も遠くから事の成り行きを眺めているだけ。首謀者であることが露見したため徒では済まないかも知れないが、劇中では最後まで生きている。
 もちろん、実行犯である平四郎らは彼ら自身の意思で計画に参加したわけだけれど、兵隊は所詮ただの道具かよ?と思わざるを得ないような非情な計画には違いない。まるで神風特攻隊だ。
 池上・工藤の二人にそのつもりは無かったかも知れないが、私は大いにそれを感じてしまった。

 集団抗争時代劇と呼ばれる作品は、長谷川安人監督『十七人の忍者』に始まり工藤栄一監督によるオリジナル版『十三人の刺客』やこの『大殺陣』等何本かあるようで他の作品も観てみたいと思った。もしかしたら、この作品、オリジナル版『十三人の刺客』の焼き直しかも知れないのでそれを確認してみたくもあるし。
 
大殺陣1『大殺陣』(1964年)
監督:工藤栄一
脚本:池上金男
企画:松平乗道
撮影:古谷伸
音楽:鈴木静一
製作・配給:東映


【出演】
里見浩太朗 (神保平四郎)
大坂志郎 (星野友之丞)
山本麟一 (日下仙之助)
河原崎長一郎 (別所隼人)
稲葉義男 (渡海八兵衛)
砂塚秀夫 (助七)
平幹二朗 (浅利又之進)
成瀬昌彦 (岡部源十郎)
安部徹 (山鹿素行)
宗方奈美 (山鹿みや)
大木実 (北条氏長)
大友柳太朗 (酒井忠清)
可知靖之 (徳川綱重)
原田甲子郎 (堀田正俊)
加賀邦男 (林甚兵衛)
三島ゆり子 (神保加代)
尾形伸之介 (中島外記)
春日俊二 (小出治兵衛)
堀正夫 (新見但馬守)
園佳也子 (立田川)
赤木春恵 (星野たよ)

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【関連商品】 『仇討』同様、DVD化されておりません。東映さん、是非お願いします!!




仇討(1964年)

 下級武士である江崎新八(中村錦之助)が、些細なことから上級武士である奏者番・奥野孫太夫と口論、果たし状を突きつけられ、孫太夫を殺したことから、その弟・主馬に命を狙われ、それを倒すと、今度はまたその下の弟・辰之助を討手として仇討の願い書を出されるという、標的にされる方ににとっては気が変になってしまいそうな物語だ。

 中村錦之助(萬屋錦之介)という役者はテレビの『子連れ狼』ぐらいでしか知らず、かつて一世を風靡した時代劇スターぐらいの認識しか無かった。正直言うと、(錦之助に限らず他の時代劇スター達も)“顔の良さだけが売りの俳優”だと思っていた。この作品を観るまでは・・・。

 錦之助演じる江崎新八は下級武士でありながら武家社会の掟に忠実であろうとするのだが、しかし、死の恐怖を超越しているわけではない。普通の人間ならやはり怖い。主馬が自分を殺しにくると聞かされ、来たら知らせるよう百姓に頼む時の動揺した様子、いよいよ主馬がやってきて、恐怖を抑えヒイヒイ言いながら泣きそうな顔で主馬と対峙するシーン、そしてクライマックスの仇討シーンにおける死に物狂いの演技、どのシーンも錦之助にとっては物凄くカッコ悪いが、鬼気迫るものがあって、ただの二枚目俳優じゃなかったんだなあと感心させられる。
 また、この作品を観て、名作とそうでもない作品を分ける要素の一つに、人間をどこまでリアルに描いているか、ということもあるなあと思った。この作品にしても、「こういう時、人間はこういう反応をするんだろうなあ」という描写が実にリアルだ。それは取りも直さず今井正という監督の力なのだろうが、監督のイマジネーションを具現化し得た中村錦之助の演技力も素晴らしいんじゃないかと思う。

 そして、この作品、武士の世界というものは本当に理不尽な世界だなあと思わされる。出てくるお侍様達が悉く家や藩の体面だけに縛られている。究極の建前社会と言ってもいい。そんな社会の中で、新八が武士らしくあろうとすればするほど泥沼にハマっていき、やがて、討たれることしか道が無くなる。光悦和尚の「地獄極楽はこの世にある」という言葉通りだが、新八は地獄の方にハマってしまった。討手の辰之助から見ても、新八とは親しい間柄であったのに、武家社会の掟によってその新八と殺し合いをさせられるのだから地獄に違いない。この時代の侍なんかに生まれなくて本当に良かった。仇討場の周りに集まった町人や百姓達のほうが暮らしは苦しくてもよほど気楽そうでいい。

 物語は最初から最後まで理不尽と不条理の連続だが最後の最後もそうだった。辰之助にわざと討たれる覚悟を決めた新八が、いざ仇討場に来てみると、群衆が集まってまるで見世物会場のようになっているし、辰之助には六人もの助太刀がいる。新八の覚悟がぶち壊しにされている。これでもかこれでもかと理不尽な仕打ちを加えられ、新八はまるで急坂を転げ落ちるよう。「何でこうなるんだ!?」とこちらまで叫びたくなる気分だ。
 髪振り乱し必死に敵の攻撃をかわしていく新八。他のチャンバラ映画のように、涼しい顔で敵をバッサバッサなんてことはない。まさに死に物狂い。実際の仇討もこんな感じじゃなかったのかと思わされるほどで、今井正のリアリティに徹した演出が光っている。観てない人は是非本編を観て欲しい。文章が下手で上手く書けないが、この辺りの錦之助の演技がとにかく凄まじいので。
 やがて血まみれになって絶命し地面に倒れる新八。この絶命に至るまでのシーンも相当凄い。カラーでなくて良かった。色がついていたらこの無惨な姿は相当ショッキングだろう。
 
 観終わっても後味の悪さが残る作品だが、名作と言われる作品はやはり凄い。時代劇は時代劇で、色んな味の作品があり、チャンチャンバラバラばかりではないんだなと思い知らされた。そして、中村錦之助という名優の発見。食わず嫌いで今まであまり観てこなかったが、これからは他の作品も観ていこうと思う。

仇討『仇討』(1964年)
監督:今井正
脚本:橋本忍
製作:大川博
音楽:黛敏郎
編集:宮本信太郎
製作:東映京都
配給:東映

出演:中村錦之助、田村高廣、佐々木愛、神山繁、丹波哲郎、石立鉄男、加藤嘉、三津田健、三島雅夫、田中春男、信欣三、三田佳子、進藤英太郎、小沢昭一

【関連商品】残念ながらDVDは発売されていないようです。これほどの名作なのだからDVD化して欲しいものです。

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日本列島(1965年)

 吉原公一郎の『小説日本列島』を原作とし、GHQの強大な権力の下で暗躍する謀略機関の不気味さと、それに翻弄され、虫けらのように殺されていく人々の姿が描かれている。

 キャノン機関を思わせる謀略集団、下山・松川・三鷹事件、BOACスチュワーデス殺人事件等、戦後の混乱期に実際に起こった謎の事件が盛り込まれているが、メインとなっているのは、戦中、陸軍登戸研究所で偽札作りに使用されたというザンメル印刷機だ。

 米軍基地の通訳主任秋山(宇野重吉)は新任のポラック中尉から、1年前東京湾で水死体となって発見されたリミット曹長事件の調査を依頼される。その過程で、ザンメル印刷機の存在を知り、また、背後に謎の謀略機関が蠢いていることを突き止めていく。しかし、その秋山も・・・。

 謀略機関の手先となって暗躍する涸沢(大滝秀治)という人物が不気味だった。安っぽいアクション映画の親分のように「この件から手を引け。そうしないと命は無いぞ」みたいな脅しはかけてこない。それでも彼らにとって邪魔な人間は一人一人必ず消されていく。下手なホラー映画よりよっぽど怖かった。

 もっと怖いのは、彼らが日本で何をしようとしていたのかが全く分からないことだ。同じようなテーマで松本清張にも『日本の黒い霧』や『黒い福音』という著作があるが、これらの作品を観たり読んだりしても、彼らがこの国で具体的に何をしようとしていたのかよく分からない。裏から工作し、日本を米国の世界戦略に加担させていたのだろうということがぼんやりと想像できるぐらいだ。分からないから余計不気味だし、怖い。しかも舞台は昭和34年の日本。とっくに独立を果たした後でさえ、まだ米国が日本の中で秘密工作をしていたのだろうか。

 我々には到底太刀打ち出来そうにない相手への恐怖、宇野重吉演じる秋山はそれでも執拗に幽霊の正体を暴こうとしたが、結局殺されてしまった。黒澤明の『悪い奴ほどよく眠る』でも、巨悪に挑んだ主人公は殺された。オープニングの、火に焼かれる虫達の姿は実に象徴的だ。彼らにとって人間の命はこの虫けら共と同じ重さでしかないのだろう。我々虫けらは結局巨大な悪の前に沈黙するしかないのだろうか? 暗澹たる気分になる映画だった。

 この作品は、『帝銀事件 死刑囚』で監督デビューした熊井啓がその翌年に撮った作品で、巨大な権力に押し潰される個人を描いており、前作と共通する。しかし、作品としてはこちらの方がはるかにスケールが大きく重い。是非一度観ていただきたい。

日本列島『日本列島』(1965年)
監督・脚色:熊井啓
原作:吉原公一郎
企画:大塚和
撮影:姫田真佐久
美術:千葉和彦
音楽:伊福部昭

出演:宇野重吉、二谷英明、鈴木瑞穂、芦川いづみ、大滝秀治、武藤章生、佐野浅夫、内藤武敏、加藤嘉、他

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帝銀事件 死刑囚(1964年)

 21日に書いた『黒部の太陽』熊井啓の、監督デビュー作だ。

 この作品を作るにあたっては、事件を徹底的にリサーチし、事件および捜査、裁判の詳細を鉛筆一本に至るまで完全に再現したと言う。事件の再現では、犯人の声が平沢貞通役・信欽三でないところを見ると、熊井監督が、平沢は冤罪だったとする立場をとっていたのは明らかだが、平沢に有利な情報も不利な情報も公平・客観的に盛り込んでいる。言わばドキュメンタリー・ドラマであり、多少の脚色はあろうが、帝銀事件を知りたければこの作品1本観ておけばかなり正確な知識が得られそうである、という点でお勧めしたい。(因みに、真犯人の声は加藤嘉さん。演じた方は誰だったか分からない)

 さて、感想だが、やはり、終戦直後の、GHQの占領下で起こった事件だということがポイントなのかな、と思った。この時代でなければ、平沢が有罪にされ、死ぬまで刑務所で過ごすことにはならなかったろう。と書くと、オマエも平沢無罪説か?と問われそうだが、この作品はかなり客観的に描かれており、この作品を見る限り無罪としか言いようがない。熊井の思う壺だと言われても構わない。

帝銀事件死刑囚_信欽三 当時から警察やマスコミも睨んでいたように、真犯人は防疫の仕事に従事しているか、過去に従事していた人間としか考えられない。最も有力だったのが旧731部隊の隊員だ。犯行に使われた毒物は旧731部隊で開発されたものだったからだ。
 しかし、GHQからの圧力でその線での捜査を無理やり中断させられてしまった。米国が旧731部隊の研究成果を欲していたからだ。
 これが平沢貞通の不幸の始まりだ。警察は何が何でも別の誰かを犯人に仕立て上げなければならなかった。その時たまたま網に引っかかってしまったのが平沢だったのだ。平沢が真犯人ではないことぐらい警察も裁判所も知っていたかも知れない。それでも、旧731部隊の残党を調べられない以上、平沢に罪をかぶってもらうしかない、そんな状況だったのではないか? 日本は1951年(昭和26年)、サンフランシスコ平和条約に調印して形の上では独立した。しかし、当時の極東情勢を見れば、まだアメリカの庇護が必用で、日本はアメリカの顔色を窺うことしか出来なかった。平沢を無罪にすれば、残る道は旧731部隊の残党に捜査をかけるしか無い。平沢を無罪にするわけにはいかなかった。歴代の法務大臣が平沢の死刑執行を拒んだのはなぜか、この辺りの事情を知っていたのではないか。そして平沢は、1951年(昭和26年)9月29日、東京高裁で控訴棄却。1955年(昭和30年)4月7日、最高裁で上告棄却、5月7日、死刑確定。
 戦後、戦犯裁判で多くの元日本兵が処刑された。無実の罪で殺された日本人も相当数いたようだ。彼らは戦争の犠牲者と言えるが、平沢も同じではなかったか?


 熊井監督は平沢自身のみならず、その家族の悲劇にも視点を向けている。平沢が有罪となったことで、家族はバラバラになってしまった。娘は日本にもいられなくなり、米国に渡る決断を余儀なくされた。今まで平沢のことばかり考えていた私だが、犯罪者の烙印を押されると、本人ばかりでなく、その家族にも悲劇が待っていることに気づかされた。何と罪深いことだろう。

 そしてマスコミだ。一人の記者が自らの報道姿勢を省みて漏らす言葉が印象的だった。
「世論については我々も責任がある。弁護団が言ってたね、ジャーナリズムが毎日クロと書き立てる。すると大衆は感情的に、批判もせずにそれを鵜呑みにしてしまう。戦争中と丸っきり同じだ。その世論の大きな暗示が証人・鑑定人に大きく作用している。裁判官にもその影響が無かったとは言えない。」
 この作品が作られたのは昭和39年だが、マスコミの悪弊については人々も気付き、恐らくジャーナリズムの世界に身を置く人々も自覚はしていたのだろう。だが、その自覚があるのに、未だにその癖は治らないようだ。だが、それはジャーナリストだけの責任だろうか? 大衆もそういう報道を望んではいないだろうか? 政治家と同じで、ジャーナリズムもその受け手となる大衆のレベルに合ったものにしかならないんじゃないか? そう思うと、私たち一人一人がもっと冷静に、賢くならなければと思う。



帝銀事件 死刑囚帝銀事件 死刑囚(1964年)
監督・脚本:熊井啓
音楽:伊福部昭
編集:丹治睦夫
配給:日活
出演:信欣三、内藤武敏井上昭文、高野由美、鈴木瑞穂

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プロフィール

Blik

Author:Blik
作品や監督、俳優等について深い知識は持ち合わせておりません。ハッキリ言えばニワカですので私の評はアテにしないでください。また今日も頓珍漢なこと書いてやがんなあ、ぐらいの感じで読むのが丁度良いかと思います。

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